打矢流星(4年/staff/札幌光星高校)
北大サッカー部前主将、現スタッフの4年打矢流星です。
今回のブログの補足として、以下の記事を活用していただけると幸いです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/02558893fceec0dceaa3252a2f3166603f2a203b
2014年10月
小6の秋。
コンサドーレ札幌のジュニアユースに受かり、親と進路の話をして、余市から札幌まで往復4時間、週5日通う決断をした。
2017年10月
中3の秋。
コンサユースへの昇格が出来ず、いくつかの高校サッカーの体験に行き、札幌光星高校への進学を決めた。
2020年7月
高3の夏休み。
コロナの緊急事態宣言が出されていたとき。
法政大学と日本大学のセレクションが中止になったという連絡が来た。
このタイミングでプロサッカ
ー選手を目指すのを完全に諦めた。
元々、自分の実力では関東1部や2部では相当厳しいだろうと思っていたのもあり、少しだけ大学サッカーを諦めるきっかけを探していた気もする。
ただ、あと3カ月の高校サッカーをやり切ろうと決意して、1週間で40時間以上サッカーに時間を費やした。
2021年3月
高3の受験後。
小樽商科大学を受験して、不合格だった。高校の勉強も、勉強開始時期もどちらも大学受験で勝負できる土俵にはいなかった。
落ちたら浪人して北大を目指そうと決めていたのもあり、あまり「浪人するかどうか」を迷った記憶はない。
部活をやりながら現役で北大に入った人は、個人的にめちゃめちゃ凄いと思う。(もちろん浪人した人も)
2022年3月
1年浪人した受験終了時。
浪人して北大を受けたが、不合格。併願校2つは受かったのでそちらに進学しようと思っていたが、大学進学後の自分がイメージ出来てしまった。何となく4年間楽しんで終わるイメージが。
また、この1年間は朝から夜まで予備校にいて、「まあまあ」頑張ってキツくて成績が伸びた。
その「まあまあ」さにとても後悔があった。
この自分で大学4年間を過ごしても、自分の目指す人生にはならないと確信して、もう1年浪人する決断をした。
親には大感謝です。
一般的には博打に思える決断だけど、このまま大学に行くほうが人生においては博打に思えた。
2023年6月
大学1年の夏。
「博打」は当たり、自己成長を実感した1年間の末、北大に入学した。春に動き回り、自分の生き方を模索した。
サークル、部活、留学、個人事業主、ビジネス、サッカーのコーチ、教員。このあたりを一旦全部探ったり、飛び込んだりしていたら、北大サッカー部と出会った。
この頃、北大サッカー部では色んな事があり、正直サッカー面も組織面も、弱かったが、泥臭く頑張っていてなんだか魅力的に映った。
プロを諦めた時点で、サッカーを本気でプレーすることはしないと決めていたため、コーチという役割で北大サッカー部に入部した。
2023年10月
大学1年の秋。
サークル、留学、新渡戸カレッジ、個人事業主を辞めて、北大サッカー部で、コーチの役割に加えて、選手、首脳としてガッツリやり始めた。
大学での生きる場所を北大サッカー部に完全に決めた。
北大サッカー部は当時、強くなれる環境がなかった。その環境を作るお金が無かった。
大学1年から、経営コミュニティで学んでいたのもあり、北大サッカー部を自分がリーダーとして経営しようと決めた。
2025年2月
大学2年の冬。
部活の仕組みづくり、スポンサー関連の活動、旧帝大サッカー大会の企画&主催、という自分が取り組んでいた事の結果が出始めた。
成功体験を得た一方で、全国への距離の遠さを知る。
2025年8月
大学3年の夏。
人生設計をめちゃめちゃ考える。事業責任者、役員、経営者等、20人くらいと話す。
30歳までの人生設計はある程度決まったが、就活をして事業家として生きていくか、経営者として生きていくかは決められず、就活も始める。
2025年11月
大学3年の冬。
起業家、経営者として生きていく覚悟を固める。就活していた企業を全て辞退する。
2026年1月〜2月
大学3年の冬。
株式会社SPORTERIAを創業。
アスリートに対するキャリア支援を軸とした事業を始める。
「アスリートの生き方に変革を起こす」
株式会社SPORTERIAのMissionであり、自分の想いでもある。
スポーツに熱中すること、打ち込むことは素晴らしい事だ。
しかし、スポーツを突き詰めると視野が狭くなることも多いし、プロ選手になれなかったときのキャリアの幅が狭くなる。
スポーツと様々な学びや成長を並行出来たら、今の瞬間も、将来も素晴らしいものになるのではないか。
こんな想いで事業を進めていたが、2月は七大戦とDENSOもあり、どっちも100%で出来なくなっていった。
2026年3月
大学3年の最後。
北大サッカー部の主将、プレイヤーを辞める決断をした。
ずっと両方全力でやろうと思ってやってきたが、経営者として、アスリートの領域で自分の思い描く世界を作りたい気持ちが上回った。
サッカー部にはスタッフとして所属して、この領域で動いているからこそできる提案をしていくような関わり方をする決断をした。
このタイミングで主将を降りてプレイヤーを辞めるという決断をしたため、部員のみんなとは違うテイストの文章になってしまったことをお詫び申し上げます。
自分のこの決断に様々思うこともあったのは間違いないけど、理解して応援してくれた基を始めとした同期や後輩には感謝しかないです。
また、岡田さん、髙橋さん、OBの方含めて、自分と向き合って色んな話をしていただき、ありがとうございました。
今回の決断の背景として、今までの人生における大きな決断や出来事を書き記しました。
今回の決断の責任と覚悟は、結果でしか示せないと思います。
北大サッカー部を含めて、スポーツの作りたい未来を作れるように、全力で進んでいきます。
これからも北海道大学体育会サッカー部へのご支援をよろしくお願いいたします。
#staff 打矢流星

