玉懸悠翔/FW/札幌東高校
皆さん初めまして。1年の玉懸悠翔です。長くなりますが、自分の高校サッカーについて振り返りながら意気込みを語ろうと思います。最後まで読んでいただけると幸いです。
—————————————————————————————————-
「たま、お前誕生日いつだ?」
「1月5日です。」
「おれと一緒に日本一目指さないか?」
こんな会話を高校の監督と交わしたのは高校1年の秋のことだった。最初は、「急に誕生日を聞いてきて日本一?どういうこと?」と思った。会話が進むにつれ監督の話の趣旨が理解できた。監督は監督として、自分は選手として、北海道を代表して「国体」の優勝を目指すということだ。
国体候補合宿は真夏の大阪。道民にとっては地獄のような暑さだった。自分以外のメンバーはサッカー強豪の私立高校、コンサユースの選手だけで自分は高校名で言うと場違いだった。北海道、大阪府、佐賀県、鹿児島県の4道府県での大会が始まった。暑さにやられて全く自分のプレーを発揮できずに終わったと同時に、日常のレベルの低さ、そして自分もそのレベルに慣れ全然通用しないことを痛感させられた。合宿から帰り、根本から自分をサッカー選手として見つめなおした。食事制限を通しての体作り、日常の練習でも味方に要求して強度をあげた。その後のメンバー選考の期間をサッカーに捧げ、なんとかメンバーに選んでもらえた。
国体本戦について振り返ってみると特に話すことはない。ただただ「楽しかった。」レベルの高い仲間と対戦相手、対戦相手には世代別代表がごろごろいた。自分が要求しなくてもお互いの考えていることが通じ合う仲間、プロが使用しているグラウンド、環境にも恵まれていた。本戦は怪我の影響もあり、出場時間こそ少なかったが1ゴールを記録し、チームとしては2回戦PK負けで終わった。チームの目標は達成できなかったが、サッカー人生で一番楽しかった。
チームに戻りいつもの日常が始まった。一度あの楽しさを知った以上、正直物足りなさに満ちていた。そこからの高校サッカーで語ることは、3年になってすぐハムの肉離れをして最後の大会も全く思うようにプレーできず終わったくらいだ。以上が僕の高校サッカーだ。
高校時代から現3年のn尾君に北大サッカー部の話はよく聞いていた。めちゃめちゃ楽しそうでサッカー部に入るために北大に入学した。開幕戦からトップで出るつもりだったし、周りからも期待されていたと思う。でも、けがを含めると1年のブランクはでかすぎた。体重も増えたし体力も0、開幕戦で途中出場はさせてもらったが、スタメンなんてまだまだ遠い。今のところ大学サッカーでは、学生リーグの少しの出場とIリーグでのアシスト、張り番を毎試合のように剝がされているだけ。(お母さん、いつも縫ってくれてありがとう。)でも、自分が本領発揮できれば戦える自信があるし、ここでならまたあの楽しさを感じられる気がしている。
さあ、はやくスタメン取って暴れようか。サッカーを楽しもうか。

