辻琥伯(3年/FW/札幌東)
「何のためにサッカーをやるのか」
これは大学サッカーをやる上で、一度は考えたことがある人も多いのではないか。
けんのブログもまさにそのことについて書かれていて、共感できる部分が多かった。
朝練は眠いし、自分の時間はかなり削られる。その上、日常生活でも身体中があちこち痛い。
俺たちの学年なんて、長期の怪我をしていない人はいないんじゃないかと思うくらいだ(俺らの学年は人数こそ多いが、稼働率と彼女いる率は驚くほど低い)。
実際、3月途中には3年生の怪我人が多すぎて(10人くらい)、大沢に「年目会」とか言われていた。失礼な話だ。
サッカーをやる意義について考えるタイミングは多々あると思う。特に、怪我をしている時、試合に絡めない時、留学など他にやりたいことがある時。
場面は様々だが、自分自身も今年の冬は、色々と考える時間があった。
2025年10月24日。
普段と何も変わらない朝練の日だった。
違ったのは、その週に学生リーグの最終節があり、4年生と最後にプレーできるチャンスだったこと。そして、2年間組んできた周くんと最後にツートップを組める機会だったことくらいだ。
いつも通りメニューをこなし、新人戦vs3・4年生ののゲームになった時、事件は起きた。
純一くんとの接触のタイミングで、足首があらぬ方向に曲がった(純一くんは何も悪くなく、ただの自滅)。
人生で聞いたことのない音がした。
今まで、自分の一番の強みを聞かれたら「怪我をしたことがない」と答えられるくらい、怪我とは無縁だった。
試合に怪我で出られないなんて、考えたこともなかった。
そんな自分が倒れ込んだ瞬間、すべてを悟った。
週末に控えた学生リーグ最終節。
全国のかかった新人戦。
目標にしていたDENSOの選考会。
全部、終わったと思った。
れいたに家まで送ってもらい、ベッドの中に入ったら、自然と涙が出てきた。止まらなかった。
なんで今なんだ、と。これからだったのに、と。
「意外と大したことないかもしれない」という淡い期待は、翌日の立つことすらできない痛みで完全に消えた。
診断は、靭帯3本の断裂。
靭帯ってそんなにあるんだ、と思った。
そこからは、先の見えない暗い道を歩いているような感覚だった。
リハビリに行き、筋トレに行き、エンレイソウで作業する。
何も楽しくない、退屈な日々。
怪我人のルールで週3回以上の活動義務がなかったこともあり、自然と練習にも行かなくなった。
練習に行かなくなると、「何のためにサッカーをやっているんだろう」と考える時間が増えた。
成人式や同窓会に行っても、部活を続けている人なんてほとんどいなかった。
サッカーを続けたところで、将来に大きく役立つわけでもない。
まして、自分の実力でプロに行けるわけでもない。
そんなネガティブな考えが頭を占めるようになった。
久しぶりに練習に行った時、賢に「見てなさすぎて忘れてたわ」と言われたのを、今でも覚えている。
それでも、どんなに辛くてもやめようとは思わなかった。
その時、気づいた。
自分にとって、サッカー部の存在がどれだけ大きいかに。
1年生の頃は、いろいろな事情もあって(詳細は伏せる)、サッカー部は「サッカーをする場所」であり、「試合で活躍するための場所」だった。
でも2年生になると、同期とめちゃくちゃ仲良くなった。
朝練の前日は横山の家で過ごし、練習後はみんなでご飯に行き、オフには旅行にも行った。
1年生の頃には考えられないくらい、同期と過ごす時間が増えた。
それはいつの間にか、自分にとってかけがえのないものになっていた。
怪我もだいぶ良くなり、復帰した今、
「何のためにサッカーをやっているのか」と聞かれたら、
「楽しいから」
そう答えると思う。
それでしかないし、それでいいと思っている。
今年からは、偉大なしりゅうくんの9番を受け継いだ。
去年はサッカーでの成長はほとんどなく、お世辞にもエースとは言えない働きだった。
でも、今年は違う。
打矢流星もいなくなった今、チームを勝たせるのは自分だと本気で思っている。
このチームで全国に行くために、
今年はエースになる。

