原動力

鈴木歩(3年/DF/宇都宮高校)

中学1年生の春。8組まであったからだろうか、地元の小学校からそのまま上がったはずなのに、僕のクラスには親しい友人が一人もいなかった。昔も今も変わらず人見知りの僕は、新しいクラスメイトと自由に話していいよー的な時間が一番の苦手で、誰かが話しかけてくれるのを待つことしかできない、そんな静かなスタートだった 。

周りからは「真面目で大人しい奴」と思われていたはず。自分でも、クラスの中心で騒ぐお調子者たちを遠くから眺めているような、そんな立ち位置が定位置だと思っていた。

けれど、そんな僕が一度だけ、クラスの中心にいた野球部のイケイケな奴と殴り合いの喧嘩をしたことがある。それは、6月の保護者会がある日のことだった。

理由は些細なこと。正直、避けようと思えば避けられた喧嘩だった。でも、その時はどうしても引けなかった。結果、クラスの雰囲気を最悪にし、親にも報告される始末。何より「まともなキャラ」で通していた自分のプライドはズタズタで、ただただ惨めだった。

当時の担任は、誰に対しても容赦のない怖い先生だった。やってるふりだけで目を付けられることを回避してきた僕の人生で、あの日ほど激しく叱られたことはなかった。でも、その「うざい」と思うほどの悔しさが、僕に火をつけた。

僕は学校の成績はある程度上位だったし、合唱コンクールでは最優秀指揮者賞をもらった。クラスとしては体育祭・合唱コンクールで1位を取った。惨めさを上書きするように、結果を求めた結果だったのかもしれない。

高校時代は、打って変わって穏やかなものだった。みんな他人に興味などないのだろう。激しくぶつかることもなかった。練習中にファールされた中西が宮寺の首元をすごいスピードで掴んだシーンくらいが、唯一の喧嘩らしい喧嘩として記憶に残っている。

軸がブレブレの自分にとって、周りから干渉されず、自分のことが全て自分に委ねられていたあの環境はあってなかったのだろう(決して、宇高が嫌いなわけではなく、むしろ大好きです)。

もうあんな熱苦しい思いはすることはないだろう。そう思っていた大学生の朝、それは起こった。

東雁来での朝練。その日の僕は、慣れない左SBとしてプレーしていた。もともとSBは嫌だったし、左ならなおさら。自分のプレーも最悪で、自分をただの「駒」のように扱うメンバー選考にも、苛立ちを募らせていた。

そんな中、普段はTOPチームで戦う、琥伯と同じチームになった。

いつもゲーム中の当たりが強いなーと思っていたものの、彼の要求は、その日の僕には強すぎた。自分の不甲斐なさと、重なる不満。気づけば僕は言い返していた。コートの片隅でした言い争い。最後はもういいやと思って言い返すのをやめた。

畦地や天斗からは、琥伯が喋って、僕がそっぽ向いて無視していたように見えていたようで、それを度々いじられる。

正直、もう喧嘩なんてしたくない。でも、琥伯とのあの言い争いは、僕にとって必要なプロセスだったのだと今は思う。

ずっとどこか接しにくかった琥伯と普通に話せるようになった。そして何より、琥伯に点を決められるのが、これまで以上に悔しく感じるようになって、負けないようにとよりサッカーを考えるようになった。

波風を立てたくない僕。

けれど、本気でぶつかった後にしか見えない景色があることも、これまでの経験から知っている。

「練習でTOPチームを倒しに倒しまくる」

これが僕の今年の一番の目標です。
あわよくば、学生リーグ出場。
チームとしては全国。

何その目標と思った方、僕はそういうやつなんです。

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