道明紫音(4年/MF/北広島)
2025年11月2日(日)
後輩たちの大事な一戦に加え、この日は新4年目による大事な会議も行われていた。
他薦中心。しかし、各々の意見には誰かしらの反対または被推薦者による拒否の主張がセット。
人数が一番少ない年目であるにもかかわらず、全員が合意する意思決定には時間を要した。
というか、どれだけ話し合っても議論は平行線だった。
散々意見を交換し尽くしたところで、次期副主将残り一枠の任命は流星に託された。
「これが主将としての最初の仕事や」
ヘラヘラと関西人がいう。この時は自分がなる想像なんて全くしていなかった。
皆が目を瞑り、流星が基以外の誰か一人の肩に手を乗せる方式。
実は薄目を開いていた。
何度かフェイントがあったのち、自分のところにもフェイントが来た。いや、そのまま手が降りた。
まったく見当もつかなかった事実に、不安と驚きと困惑を覚えた。だが理由を聞いた後は覚悟に変わった。
「一緒に首脳をやっている未来が一番見えた。そして、紫音にはその方向での成長余地があると思う。」
昨シーズンは怒涛だった。
学生リーグ開幕ゴールをあげ、その後もポンポンポンとリーグ戦でゴールを積んだと思いきや、蓋を開けるとシーズン終盤はほぼピッチに立っていない。
総理大臣杯ではあと数十分耐えれば全国というところで神様に欺かれ、現実になりかけた夢はそのまま形を変えず散っていった。
最高潮からどん底まで、歓喜から悲哀まで。
さまざまな瞬間の連続を痛いほど浴び、その度に一喜一憂した。
ただ、振り返ると思う。このかけがえのない組織とそれらの瞬間を共有できたことで、自分がどれだけ成長できたか。させてもらえたか。それも他人の力で。
自分の欠点は献身性の無さ、当事者意識のなさ、自己中心的な性格だと感じる。
自分が良ければそれでいい。自分が快適ならば周りは気にしない。そんな部分。
この3年間、北海道大学体育会サッカー部は、まるで下り坂を転がる雪玉のように、みるみる成長していった。
そこには流星を筆頭にリーダーシップを発揮する者、変化に順応し周りをサポートする者、決して目立たずとも組織に必要な業務を行う者。あらゆる”役割”を自分で見つけ出し、全うする人の存在がいて初めてこのチームは革命的な成長を遂げていた。
そしてその成長に比例し、自分がさせてもらえる経験の質も、明らかに上がっていった。それはピッチ内外関わらず。
しかし、自分はこの有機体ともいえる組織の構成員とはいえ、その成長に寄与している自信はなかった。他人の努力の末にできた産物を、ただ栄養としていただいていただけ。この素晴らしい組織に属し、素晴らしい他の構成員たちと切磋琢磨することで人間として成長できたと感じても、誰かを成長させたり、有機体全体の成長に貢献したとは到底いえない。
今本当に自分にとって必要で、やらなければいけないこと
それは、『北大サッカー部に恩返しをすること』。
自分の成長余地は献身性であり、当事者意識であり、利他的な精神の部分。
自分自身の境遇なんて、二の次でいい。
この3年間、自分の事ばかりを気にし、思う存分サッカーをした。
20年以上生きてきて、様々な組織に属してきた。北大サッカー部は、その中でもいちばん自分を成長させてくれた場のひとつ。
サッカー人生ラストシーズンは、このチームのためにできることはなにかを考えつくし、行動する。ピッチの中でも外でも。
そしていままで通り”共に”喜び合い、悲しみ合い、励まし合い、強く要求し合う。
自分がいちばん苦手な、「誰かに尽くすこと」
これを体現する機会を、同期が与えてくれた。
今はまだまだ未熟で、必要不可欠な人間になれていないし、ふとしたときに利己的な自分も出てくる。
残り5ヶ月、貢献の仕方は何だってある。副主将として、4年目として。
今年の秋に振り返った時、この組織が今日以上に成長しており、そしてその一部に自分が寄与したと胸を張って言えるようになる。これをサッカー人生最後の目標に据えようと思う。
あとがき
ごっつぁんが楽だと言われ、散々先輩の年目部費を吸い取った少数精鋭年代は、気づけば奢られることのない最高学年に。
カナトが、チャリカゴに置きっぱだった六法全書をカラスにビリビリにされてめちゃくちゃ絶望していたのも3年前か。
時の流れは早い。
自分の境遇なんて二の次と書いたが、一つだけ叶えたいことがある。それは、4年目全員で同じ試合に出ること。1部リーグで、一瞬でもいいからピッチ内で同じ時間を共有したい。
2年前、ヨッシーから上がったクロスを神山がヘディングして決めたみたいな、アツいシーンもあれば、尚いいなぁ。
#ラストシーズン
#11道明紫音
#まるでデジャヴのように
#懐かしい映画のように

