山口桜弥(2年/MF/日比谷)

商店街を抜け、大通りの信号を超えた先にイタリア国旗の色合いをしたペットショップはあった。
2012年5月1日、500円玉を握りしめ祖母と母に2週間遅れの誕生日プレゼントとして500円玉サイズの亀を買ってもらった。

幼少期、亀を飼育している兄の友人がいた。微笑んだ顔がとても暖かくて僕はその人にとても懐いていた。兄がその友人の家で大勢の友達と遊んでいる間、その友達は僕に大切に育てている亀を見せてくれた。茶色の甲羅をしたその亀は飼い主同様優しい顔をしていて、野菜をむしゃむしゃと食べている姿が本当に愛おしかった。いつか亀を飼いたい!星にまで願った。

キャメロン コウキと名付けた。カメ→キャメ→当時のイギリス首相キャメロン、コウキの由縁は覚えていない。初めてエサを食べてくれた日の興奮は今でも覚えてるし、陸上ではのろまなのに水中では素早く動けるギャップは、普段はさえない子が水泳の授業で無双した日の驚きを想起させた。

亀の成長は人間同様著しいもので、あっという間に(2年くらいで)手のひら程の大きさになった。それと同時に水の濁りやそれに伴う悪臭もひどくなり段々とお世話をするのが嫌になった。百均に売っている洋服収納用のケースに水を少し、できるだけ少し張り、ベランダに追いやるようになった。水の張り替えなどめんどくさいことは親に任せ、たまに覗くくらいの愛情に変わってしまった。

6年間そんな感じで育て、引っ越し先に連れていくことができなかったため従兄弟の家に預けることにした。従兄弟家族は本当に大切に育ててくれ、成長した姿の写真まで定期的に送ってくれた。

ある日、キャメロンが逃げてしまったという報告を受けた。わざわざ国際電話をかけ、直接報告してくれたその声には心からの申し訳なさと悲しさを感じた。同時に自分の中に芽生えた感情は悲しさでも寂しさでもなかった。

他人からすればただ欲しかった亀を大切に育てられなかった昔話であることは重々承知している。その上で、飽き性や継続性の欠如、中途半端さといった表層的な言葉で説明するよりも、むしろ自分の本質を映し出す出来事であるように、最近は感じている。

サッカー部に入ってからのこの期間、自分が思い描いた結果は手に入れれられていない。
この1年間でサッカー部、もっというなら自分の人生で、自分が望む結果を手に入れるためには自分を支配する弱さともっと向き合う必要があると感じた。そんな時に8年越しにその出来事を思い出した。そしてその記憶は今の自分に足りないものを教えてくれた気がする。

ブログを書く意義は主に自分と向き合うことだと思うが今回はそれに加えて自分への戒めの意味も含めて書いてみた。

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