この間、ポケモンの過去作がリメイク版として発売された。
長い歴史を誇るポケットモンスターシリーズの初代作ということもあり、最近は弟と別々のバージョンをそれぞれ買ってビデオ通話をしながらゲームを楽しんでいる。
思い返せば、人生初めて手にしたゲームはポケモンだった。
当時は新作が発売されれば必ず買うくらい自分の中ではお気に入りの作品だった。
冒険して、ポケモンを集めて、ストーリーを進めていく。そしてキリの良いところでセーブをして3DSの電源を切る。
ソフトを再び起動させれば自分が以前まで進めた地点から物語は再開される。
それはたとえ翌日であろうと1週間後であろうと親に絶対にバレないはずの布団の中であろうと関係ない。
何も手を加えなくたっていい。
ただ電源ボタンを押すだけ。
そうすればそこにあるのはやり込んだ証であり、今までの頑張りは「美しさ」として紡がれていく。
俺はこのゲームのそんなところが好きなんだと思う。
「セーブ」とは実に偉大な機能
伝説のポケモンとの対決前には必ずセーブを行うことで、万が一のことがあっても捕まえるまで何度も挑戦できる。
良くない結果は水に流し、自分の思い描く世界を創り上げる。
まるでタイムリープをしているかのような心地。
そんな風に自分が納得するまで何度も何度もやり直すことができるなんて夢のようだなとついつい思ってしまう。
当然だが、人生においてそんなことはできやしない。
「ミスった」とか「やり直したい」とか、そんな感情にこの世界は寄り添ってくれない。
起動中のゲームカセットを引っこ抜くのは御法度である。
人間界にセーブ機能なんてものは搭載されていないみたいだ。
もちろんそんなことはとうの昔に知っている。俺だって今年でハタチになる。
瞬間は即座にSDカードへと送られ、レポートは四六時中上書きされ続ける。
だけど、そんな「人生」というカセットに惹かれている自分も確かにいる。
思い通りなんてなかなか味わえない相当ハードモードな設定になっているうえ、沢山の未知なる壁と鉢合わせる。
それは果たして越えることができるものなのか、越えるべきものなのか、そもそも壁なのかどうかすらも分からない。
でも、分からないからこそ歩んでみようと思える。
変わりゆくこの世界だからこそ進んでみたいって思える。
懐かしさも目新しさも驚きもその全てが心を躍らせてくれる。
どうやらこの世界には”たった1つのストーリー”ってのも存在しないっぽい。
今はまさに旅の真っ最中。
舞台は北の大地、北海道。
レベル上げやらジムリーダーやらと試練は山積み。
過去沢山の出会いの中で自分の脳内にセーブされたデータはもう当てにならないし、逆もまた然りだろう。
至高のグラフィックの世界に心震わすBGMが流れ始めている。
「久しぶり」
その時に1匹くらいは伝説を捕まえておいてやろうと思ってる。
俺はそんな男になる。
#16 宮蔭賢士
#ワインをこぼされてみたい
#はがねフェアリー

