岸優翔(2年/スタッフ/市川高校)
こんにちは、新2年生の岸です。
現在は訳あって武者修行中です。修行の成果を何かしらの形で部に還元したいと思っているので気長に待っていてください。
一部の人には話したと思いますが、僕の目標はサッカーの楽しさや面白さを共有することです。先日、バルセロナの試合を観ていたのですが、久々にサッカーで感動しました。ものすごく強いのもありますが、とにかく選手が生き生きしている。そして11人が一体となって協力している。そこにチームスポーツの真髄を見ました。去年もサッカーについて調べている時同じような感情を抱いたことを思い出しました。「サッカーってこんなに面白いんだな」と。
ヨハン・ホイジンガの「ホモ・ルーデンス」という本があります。ホモ・ルーデンスとは「遊ぶ人」という意味です。ホモ・サピエンスが賢い人を意味するのと同じような感じですね。
ホイジンガの主張をざっくりまとめると「遊びは文化よりも古い。人間のあらゆる文化は遊びの中から生まれた。つまり遊びこそが人間の本質である」だそうです。そしてこうも言いました。
「遊びとは戦いだ。そしてまた戦いも遊びである」と。これはサッカーも同じなのではないでしょうか?
ホイジンガの定義を少し広く捉えますが、サッカーはどこまでいっても「遊び」です。たとえプロであってもです。サッカーになんらかの形で関わっている人になぜそんなことをしているのかと問えば全員が「サッカーが好きだから」と答えるでしょう。ではなぜ好きなのか、それは楽しいもしくは面白いからに尽きるでしょう。
一方、ものすごく上手で長年プレーしたけどサッカーを嫌いになってしまうような人もいます。
もし僕がそのような選手の指導者なら、きっと強い責任を感じると思います。別に全員がサッカーを好きになれ!などと言いたいわけではないです。しかし、もし不当な理由でサッカーの楽しさに接することが無いまま嫌いになってしまうのは悲しいという話です。100人のプロやユースを輩出するよりも、1人サッカーを嫌いにさせてしまった、という事実を重く受け止めなければなりません。あくまで僕個人の意見ですが、重要なのは面白くないサッカーで結果を残すことよりも、選手を引退してからも試合を見たり休日に草サッカーを楽しんだりすることです。
余談になりますが、アルゼンチンではフットボーラーなら必ず一度は聞かれる質問があるらしいです。「あなたはメノッティ派ですかビラルド派ですか?」
簡単に言い換えるとロマン派(メノッティ)か現実主義(ビラルド)かということなのですが、誤解してほしくないのが、どちらもサッカーが遊びであるという前提の上に成り立っているということです。つまり上述した内容の補足になりますが、負け続けても良いという意味では決して無いです。勝ち負けより大事なものがあるというスタンスではありますが、重要であることは間違いないです。どうせなら勝ちたいのは当たり前ですね。
楽しくサッカーをしながら、勝てたら最高ですね。それが出来たら部の長期的な目標であるブランド価値の向上にも繋がると思います。僕もチームに貢献できるよう努めるので今シーズンもよろしくお願いします。
#66 岸優翔