打矢流星(2年/DF/札幌光星高校)
「プロを目指している」
「将来の夢はプロサッカー選手になること」
と言っている子どもはけっこういると思う。
自分もその中の1人だった。
しかし今振り返ってみるとプロになれるような、毎年150人前後しかプロになれないサッカー界で、その150人を勝ち取れるような努力をした記憶は全くない。
小6でセンターバックにコンバートされて、当時の身体能力が高い方だったのもあり、J下部のジュニアユースに進んだ。中1の特に前半は元プロの指導やチームメイトの影響で、出来るプレーの幅が広がり世代別代表に選ばれて中国で開催されたアジアフェスティバルに行ったりもした。
しかし、 中2くらいから選抜やチームのスタメンに選ばれることも減っていき、中3では リーグ戦の2割くらいしか出られず、よく年下とBチームで戦っていた。この2年間、 ほとんどもがくこともせずにただ練習をやっていた。
監督に出られない理由を聞きにいこうとしたことは何回もあるが、1回もコーチ部屋に行くことはなかった。 始めた朝練も何週間かで終わった。だからあんまりつらくはなかったし、しんどさも大きくなかった。
今考えたら素晴らしい環境をドブに捨てる行為だしプロを目指しているなんて口が裂けても言える資格はない。こんな2年間を過ごしたので、 ユースには上がれず、文武両道という建前で全国に行けないような高校に逃げた。その瞬間に「プロにはなれない」と決まった。
読者の中には高校で努力すれば、大学で努力すれば、プロにまだなれる道があったのに、 と思う人がいるかもしれない。たしかにその通りかもしれない。だがプロを意識しないで練習してプロを目指せる進路を選ばない、そのメンタルの時点で道は決まっていたと思う。
ちなみに高3のとき法政や日大のセレクションに行こうと思って応募した (結局コロナで中止)がそれはそこに行きたいという気持ちより圧倒的な実力差を知ってサッカー人生にけりをつけたいという気持ちの方が正直大きかった。
「努力ができずにプロになれなかった敗北者」そんな印象を持つかもしれない。
実際、自分も中高ではそう思っていた。
それから2年浪人をして北大に入り、さらに1年が経った現在、サッカーをしてきた自分のことがやっとポジティブに見えるようになった。
プロになる事が人生の成功ではなくて、自分の人生の成功は幸せに生き続けることだと整理できたし、サッカーから離れることで、 純粋にサッカーが好きな自分を再発見できた。
サッカーも勉強も、上手い下手、出来る出来ないは絶対的なものではなく自分がいる環境によることを思い知らされたし、競争社会の嫌なところも良いところも経験して強くなったし、結局は人間性だと思えた。
発言できなかった自分が頭に残っているからこそ、自分から動ける人間になってきたし、本当に色んな人と関わって性格や価値観といった人格的なところも相当変わった。
サッカーは本当に命の恩人だ。人々の感情を大きく揺さぶり 普段ふざけ合っている友人と真険に議論したり意見をぶつけられてサッカーを囲んだコミュニティができる。美しくて素晴らしいスポーツだと思う。
今までサッカーに感謝しかない一方で、まだまだ未練しかない。
結局まだ努力が出来る人間になっていないし、サッカーのコミュニティが1番心地良い。
サッカー観戦を含めて死ぬまでサッカーに関わってそうな感じがする。
それは純粋にサッカーが好きなのか、色んな未練なのか、もしくは両方なのか分からないが、今大学サッカーをやると決断したなら全力で誠実にやりきりたい。
ピッチ内、ピッチ外で様々なことにチャレンジし続けることでもう何段階も成長出来ると信じている。
大学では色んなことに挑戦したが、結局サッカーの情熱が圧倒的に一番大きかった。やるならとことんやりきって北大サッカー部を根底から変えて卒業する。
#8 打矢流星