無回転

野中大幹(2年/MF/新宿高校)

PKは好きですか?
環境工学コース2年 野中大幹。ポジションはMF,出身は新宿高校です。

パンツが食い込んでいる人のことではありません。
キーパーだけがポツンと立っているゴールのすぐ近くから、ただボールを蹴り込む方のPKです。
普通に考えたらPKをもらったらもうごっっつあん。
見る人からしたらとてもうれしい。
けど選手もPKを蹴るとき喜んでいるだろうと思うのは勝手すぎます。
心臓は鬼のような迫力でドンドン暴れだします。
ゴールの10分の1ほどの大きさのはずのキーパーは象のような巨体に生まれ変わり
その眼は神のようにどっちに蹴るかを見透かしているようです。

ぼくはPKが好きではありませんでした。

試合終了間際、スコアは1-1。
敵も味方も満身創痍で、空のエンジンをなんとか働かせ点を奪いに行きます。
ドリブルを仕掛けようとしてもフェイントをすればこっちが倒れてしまいそう。

チャンスになるパスを出そうにも相手ボールになる不安がよぎり脚を振れません。
守備になったらもう走れない。
攻め手を欠き、徐々にゴールが遠のいていくような、そんな錯覚をし始める。
意識のはっきりしない頭にふとよぎるものがあります。 



試合終了 ”PK戦”です

これは高校でのインターハイ地区予選2回戦。大した試合ではありません。
それでも自称進学校の高校三年生にとっては絶対に負けられない一戦。
負ければそこから勉強漬けの毎日が待ち構えています。

今、半分の確率で僕達サッカー部は終わってしまう。
ふいに訪れた終わりの予感にさっきまでメラメラと燃えていたはずの心が凍ります。
ベンチに戻れば、きっと同じ思いを抱いているだろう仲間たちの不安が肌で伝わってきます。

やりたくないけどやらなきゃいけない時。
すうっと血が冷たくなるような感覚。
今がその時です。

思い返せば半年前、同じグランドで同じような感覚を味わいました。
夏まで残った先輩の最後の大会。格上相手に1点のリードで試合を進めるも
後半最後に押し切られPK戦へ。それが先輩の引退試合でした。
その時の自分の気持ちは覚えていません。
ただ僕が3番手で蹴ったボールが、バーを越えていく。
やけにゆっくりとした描写だけが鮮明に心に残りました。

いつの間にか時は流れ、引退をかけているのは自分たちになっています。
1番!、  はい!
2番!、  しゃあ!
3番!、  やーー!
4番!、  うす! 

キッカーに名乗り出る時。
不安を押し殺すように張り上げる大声。
みな順に覚悟決めていきます。

しまった名乗り遅れました。
いや心の裏の奥底で最後に試合を決めたいと思っていた
もう一人の自分が名乗らせなかったのでしょうか。
けど蹴らないという選択肢はありません。

逃げ道がなくなり、覚悟を決めた時。
思いを託してくれる仲間たちの笑顔。
心のどこからかわくわくがわいてきます。

5番!、 はい!

笛が鳴り、勝負が始まります。
仲間がゴール前に立ち、決め、あるいは外し、帰ってきます。
帰ってくると今度は
仲間がゴール前に立ち、止め、あるいは決められ、帰っていきます。

5本目、先攻。決めれば試合も決まります。

センターラインからゆっくり歩く。
ボールを受け取り、2,3回リフティング。 
ボールを置き、斜めに下がる。
キーパーの目を見る。
大きく息を吐いたら見るのはボールだけ。
いつもの助走。

思い切り蹴ったボールはキーパーの両手の上を超えていきました。
無回転のボールがネットを揺らしている。

喜びで心が震える時。
力を出し切った時の疲労感。
追い求めるためにこれからもサッカーを続けます。

#15 野中大幹

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