小物からの脱却

佐野泰治(2年/MF/静岡高校)

前書き

新入生ぜひ体験へ

余分なことを書いていたらかなり長くなってしまいました。上手く読み飛ばしてください。__________________________

ついてねー

これは間違いなく去年一番呟いたこと。

7月末の練習試合。相手は樽商。
リーグが始まって早々にした疲労骨折もどきは完治。来週、静岡からはるばる来る両親に元気にプレーしている姿を見せたい。そのためには来週のアイリーグメンバーに何が何でも滑り込まねばならぬ。Cチームの右センターバックで先発することに少しだけ不満を抱きつつも心はかなり燃えていた。

試合は単調に進む。
ところが前半途中、相手のシュートが顔目掛けて飛んでくる。倒れ込む。左耳が聞こえない。

しかし、人数もいないのでプレーを続行した。左センターバックが大声高音ソフトモヒカンだったことも幸いし、右耳まで指示が回折してきたため、意外とプレーに支障はなく試合は終了。可もなく不可もないプレーだった。

試合終了後、耳鼻科に行き待合室で3時間ほど待った後、ようやく診療。鼓膜は破れていたが、次の日の試合には出ることにした。

翌日

ボランチで先発。相手は札幌第一。左耳は聞こえないが、この状況ではそんなことは言ってられない。

試合は一瞬で終了。自分の中では会心の出来だった。このままいけばいける。水金の練習で違いを見せようと強く意気込んだ。

2日後の火曜日

体が熱い。布団から這い出て病院に行くと診断はコロナ。親との旅程や、アイリーグも全ておじゃんになった。

ついてねー

と思いながら感染経路について考える。部内には誰1人として体調不良者はいない。また、片手で数えられるほどしか友人がいない私が部外で感染するとは考えにくい。感染経路はどこなのか。
考えた結果ある答えに辿り着く。耳鼻科の待合室での3時間だ。鼓膜を治すために行った耳鼻科でコロナをもらってしまったのだ。

ついてねー

コロナが治った当日にトリトンに行くことになった。整理券を出す僕に誰かが英語で話しかけてくる。困っている外国人観光客かと思って笑顔で振り向くと立っているのは店員。困っている外国人観光客だと思われたのは僕の方だったみたいだ。僕ももちろんカタコトの英語で対応しなんとか整理券を発券。

2時間ほど待った後、ここ最近のついてねーっていう気持ちが吹っ飛ぶほどの期待感を持ってトリトンに入店。美味すぎでしょと親に言って盛り上がる。
しかし、言葉とは裏腹に僕の顔はパッとしない。味がしなかったのだ。失望感からくるものではない。単純にコロナの症状だ。(お母さんごめんなさい😇)

ついてねー

1ヶ月後
鼓膜もコロナも治り、コンディションは上昇。アイリーグは佳境を迎え、新人戦も始まる。燃える。貴重なオフを規則正しい生活に全振りし、迎えた紅白戦。
悪くない。手応えを感じながら次の日を迎える。

翌日の紅白戦も手応えを感じながらプレーしていた。
ところがどっこい。鼓膜が破れた時とほぼ同じ場所で相手のパスが顔目掛けて飛んでくる。気づいた時には倒れ込んでいた。ここで休むわけにはいけないのでプレー続行。
試合を終えると強烈な頭痛と吐き気が押し寄せる。あまりの頭痛に元気に話しかけてくる丸山さん(尊敬する大物OB)を無視し、急いで帰宅。(丸山さんごめんなさい😇)シャワーを浴びて横になる。頭が痛い。止まらない嘔吐とめまい。救急車を呼んだ。

ついてねー

救急車の中で涙を滲ませながら、呟く。
病院に行くと診断は軽い脳震盪。1日だけ入院して退院。安心しながらも自分の不運を嘆く。

1週間後
焦りから強度の高いランニング。それとゆうた君の…(ゆうた君、寿司か焼肉でお願いします😇)。脳震盪は悪化し、家で再び頭痛と吐き気。
結果的にサッカーはおろか筋トレやランすらまともにできずにシーズンを終えた。

シーズンを終えてようやく脳震盪は治癒。ただ、12月中は、謎のウイルスのせいで目ヤニが止まらない上、発熱してしまったため練習には参加できなかった。

ついてねー

そんな1年。部活以外でもそうだった。飲食のバイトでは無能さが露呈し、毎回怒られる。ハロウィンにはチカホのバイトで、仮装する男女を横目に生花の大御所に怒鳴られまくる。
また、トウマくん(尊敬する小物1号)に

マジでキラキラしてて出会いがある神みたいなバイトがあるのさ。これはマジで間違いないからやるべきなのさ

と言われて始めた短期バイトは1日中男だけでゴミ処理をするバイトだった。途中でレイタくん(尊敬する小物2号)は諸事情でクビになり、トウマくんは大怪我(笑)でいなくなり、最後の方は1人でひたすらゴミ回収をしていた。
あとは学祭で焼きそばを焼きすぎて熱中症になったり…etc

こんな生活の中で眠れない日もあった。ストレスからくるものではない。隣人が深夜まで大騒ぎしていたからである。もちろん僕は隣人に対抗するために、朝練に行く前の朝4時に境界の壁を掃除機で掃除していた。

冗談はさておき、今も今までずっと不運だった。思えば高校時代もそうだ。

高2のインターハイは脳震盪で先輩たちとの最後の試合の記憶がない。

高2の新人戦はクラスターが発生し、14人いたはずの同期の部員は当日は5人。結果惜敗し県大会にすら行けなかった。次の日、もちろん僕もインフルになり、誕生日もクリスマスも独りでベッドの上で過ごした(クリスマスはもともと独りだろとかいう言葉は受け付けていない)。

最後のインターハイもそうだ。怪我でエースを欠く中、シード相手に奮闘し1次リーグを1試合残して突破。しかしながら僕はいつも通り体調を崩し、4月であるにも関わらず、1次リーグ最終節では熱中症になり病院に運ばれてしまった。
そして迎えた2次予選。熱中症予防のために水を朝から4ℓ飲んだ私は尿意のために送迎バスを途中下車。試合直前とハーフタイム共にトイレに行き、永遠に尿意を抱えたまま試合終了。
あっさりと引退した。

今までも今もついていないし、運がない。この1年は永遠にそんなことを考えていた。
でも、本当にそうなのか?と心の中で主人公的な僕が何度も聞いてくる。
去年は無視できたが、脳震盪から復帰してからはやたらと主人公的な僕と目が合って無視できそうにない。

主人公的な僕は言ってくる。

不運に至るまでのプロセスの中でいくらでも自分の努力でどうにでもなっただろうと。また、結果次第で不運は美談に変わると。

僕は主人公的な僕に「いやだってついてないし…」といかにも小物な返答をする。主人公的な僕は呆れた顔をして

そもそも不運ばかりに目を向けて、自分の幸運に目を向けず感謝しないのは何故だ。ついてないなと呟く自分を支えてくれたり慰めてくれたりしてくれたような人間に感謝を伝える前に、何度もついてないと呟くのは愚かだ

と言い放つ。主人公的な僕の言葉が僕の中で何度もこだまする。そして、この一年を僕はもう一度振り返る。

この一年は何かあれば環境や運のせいにし、努力が足りていなかった。プレッシャーに弱いから後ろに人がいると尿が出なかったし、見知らぬ人に一切話しかけないから大学でもあまり友人はできなかった。会話のほとんどが不満や文句だった時もある。あまりにも主人公とは程遠い小物すぎる1年。そりゃあ運も自信も実力もついてこない。

顔をあげると自信に満ちた主人公的な僕の顔があった。普段鏡で見る自分の顔とは遠くかけ離れている。僕はこの時ようやく理解した。自分が小物であることを。

そして僕はこの時、この一年のついていないと呟き続けた生活の中で、僕のついてないエピソードを笑ってくれたりいつも慰めてくれたりしてくれた仲間たちや、常に支えてくれた両親、脳震盪や怪我に常に寄り添ってくれた高橋さんの顔が頭の中に浮かんできた。
サッカーに当たり前のように打ち込めている状況も浮かんでくる。
そして、僕は主人公的な僕をゆっくりと抱きしめ呟いた。ありがとうと。

今年の目標は小物からの脱却。感謝を忘れず走り抜けます。

42 佐野泰治

「#をつけると#以降が全部大文字になるからめっちゃだるいんだよね。」って桜弥が言っていたので#を使うのはやめましょう。

桜弥、#を乱用してごめんなさい

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