自分の歩幅で一歩ずつ

坂井朝飛(2年/FW/札幌日大高校)

 こんにちは。あるいはこんばんは。移行点レースという総合入試合格者に課せられるク○みたいなしがらみから解放された矢先、今度はブログ執筆とかいうしがらm…ではなく大変光栄な作業に期限を追われ、大変焦りながら、これを書かせていただいております、坂井朝飛です。

 私は昨年12月からサッカー部に入部させていただきました。なので今年度の振り返り、部での思い出などは書きようがありません。強いて今年度を振り返るとするのなら、学生にレポートの作成の仕方を学ばせるという名目で実際はフィールドバックなどは一切なく、そのレポートの体裁、考察などは適切であったかがわかるのが成績発表されてからのみであった自然科学実験、声がカッスカスで何を言っているか不明気付けば課題に取り組む時間になって何をすればいいか全くわからなかったそして課題が大変すぎた情報学Ⅰ(コイツらは、ね?もうホンマにありがとう)、結局最後まで何やってるかわけわからんかった線形代数、など素晴らしい思い出(笑)でいっぱいです(まあ、行きたい学部学科には行けたので若干ワース)。なので、私は来年?というかこれから北大サッカー部でどういった志で歩んでいこうか書きたいと思います。

 今、北大サッカー部での日々を一言で表すのならズバリ、「浮いている」です。浪人期を挟んでいるという言い訳を抜きにしても、心技体、全ての面で遥かに劣っていると痛感しています。サッカー部のみんなは本当に凄い。うまい。強い。かっこいい。マジで尊敬しています。チーム全員で”勝ち”に向かって熱く、切磋琢磨し合って、貪欲に突き進んでいるのをひしひしと感じています。私もみんなのように戦える選手になりたいです。

 ですが、私自身、この遅れに対して焦りというのを無いと言えば嘘になるかもしれないですが、正直あまり感じていません。焦ったところで、いい結果を得られたことは一度だってありません。また、焦りというのは誰かと自分を比べたり、よい結果が得られなかったときに現れるものです。そして私自身、周りと”比べる”ことや、”結果にこだわる”ということがあまり好きではないのです。’1’スポーツマンとしては失格な性格・感性ではあるかもしれませんが。    
 実際、サッカーでも勉強でも、上手くいった時は周りのことなんて一切考えないで、自分と向き合って自分自身が今やるべきことに全集中水の呼吸していた時だし。あれだけ焦がれて掴んだ北大合格も、農学部進学も、サッカーで結果を残せた時も、家族とか仲間の反応とは裏腹に驚くほど冷静でいた自分がいました。あんだけ心血注いで必死に手に入れようとしていた自分はどこにいったん?ってくらいに。私が私をいいなと思える瞬間はそんな冷めた自分ではなく、どんなにしんどくても必死で足掻いて情熱的で煌めいている時です。そしてその最も”熱く”、”輝いている”時は、自分自身に全部のベクトルを向けて、目標に向かって突き進んでいる過程にいる時なのです。つまり、私にとっては過程が全てであり、”結果”というのはただの副産物でしかないのです。

 例えば、ある目標に向かって突き進んでいる途中、その結末が自分の思い描いていたものとは全く異なるものになってしまうということがわかったとして、それでも歩みを止めないでいられるだろうか?私なら即答で「はい」、と答えられます。なぜならその歩みを止めないでいる時が自分が1番輝いている時だから。そして、その結末に辿り着く前にやれることは必ず残っているから。それも無数に。
 また、その目標に向かって自分なりに必死に考えて、精一杯やれることをやって、もがいて、それでも思った通りにいかなかった結末と、最初から諦めて歩みを止めてしまい、思い通りの結末にはならなかった、この2つは思い通りにならなかったという点では同じ終点ですが、それぞれが持つ意味合いというのは全く異なります。結果というのは歩んだ過程によってどんな色にも染めることができるのです。


 と、まあダラダラと書いてしまいましたが、詰まるところ私自身が心地良いのが、マイペースに、それでもたしかに一歩ずつ前に進んでいるって実感できる時なんですよね。私はサッカー選手としても、人間としてもまだまだ未熟です。もっといい選手になれるように、もっとかっこいい人間になれるように、某排球系漫画の私の好きなキャラの言葉を借りるなら、「喝采はいらん、ちゃんとやんねん」、他のことは気にせず、ただ自分のためになすべきことをやり通そうと思います。

“地に足つけて一歩ずつ自分の歩幅で”

これを自分のサッカー部でのモットーにします。

#移行点レーサー

#コーナーで差をつけろ

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