高橋莉久(4年/FW/苫小牧東高校)
あれほど生活の中心にあったサッカーがなくなり、有り余った時間は睡眠時間に変わり、行き場を失った体力は週6回の筋トレへと変換されている。 「明日の朝練があるから早く寝なきゃ」という強迫観念も、作業をしていても頭の片隅に常にこびりついていたサッカーのことも、今の生活にはない。 目覚ましをかけずに泥のように眠り、昼下がりに起きる自堕落な日々。これが人生の夏休みってやつなのか。無限にも思える自由な時間を手に入れたはずなのに、あまりにも静かで、少しだけ寂しい。
15年間続けてきたサッカーが、ひとつの区切りを迎えたとき。 最後のホイッスルが鳴った瞬間、涙が溢れるでもなく、雄叫びをあげるでもなく、ただ静かに肩の荷が下りるような感覚だけが、胸の奥に落ちていった。 「ああ、自分はここまで走ってこれたんだな。」 それだけで、十分だった。
思い返せば、大学サッカーは順風満帆とは程遠いものだった。
高校までは当たり前にあった“試合に出る”という日常が、大学では簡単に手に入らなかった。
2年目。怪我でシーズンを棒に振ってしまった。
怪我して、復帰して、また怪我して。終わりの見えないリハビリと当番校の日々。「何のために部活にいるんだろう。」 そんな問いが頭をぐるぐると回り、モチベーションなど保てるはずもなかった。惰性で続けていた時期があったことは否定できない。
それでも辞めなかったのは、やっぱりサッカーが好きだったから。そして何より、この場所と、ここにいる仲間が好きだったからだと思う。
そんな時期を乗り越え、やっと戻れたと思ったら今度は選ばれない。 ベンチにも入れない。大きな怪我をしているわけでもない。コンディションも悪くない。それなのに、試合に全く絡めない日々が続いた。正直、何度も心が折れそうだった。同期たちがピッチで躍動し、チームが良い結果を残す中、自分だけが輪の外にいるような感覚。素直に喜べない自分が嫌だった。
どうせ試合には出られない。自分のプレーなんて誰も見てなんかいない。そんな嫌な考えが何度も頭の中に浮かんでくる。このまま適当に流して、自分だけが満足するような「のびのびとしたラストシーズン」を過ごして終わればいい。それはある種の現実逃避であり、楽な道だった。
でも、ここで全力を出して戦わないと、一度も戦わずに消えた思いは何処へ行くのだろう。北大サッカー部に入部を決めた日の自分、あるいは人生においてサッカーを始めると決めたときの自分に対してなんて言い訳ができるのだろう。
そう思ったとき、引退するまでにやらねばいけないことが明確になった。全力でやる。きついことから逃げずに。死ぬ気で。本気で。それから引退する。そうすれば、大きな夢を抱いてサッカーを始めた日の僕はきっと許してくれるだろう。満足して、笑顔で、サッカーを始めて本当によかったなって、思ってくれるだろう。たとえ思い描いていた終わり方とは違えど、自分のことを愛せる気がした。称賛や脚光のためではなく、自分の人生を愛するためにやりきろうと決めた。
みんなと全力でサッカーできる日々が1日、また1日と減っていく。
あっという間に引退試合の日になっていた。
引退したあの日。 泣いている同期たちの顔を見て、もらい泣きしそうになりながら、心は驚くほど晴れやかだった。 思い描いていたような「華々しい引退」ではなかったかもしれない。 でも、あの苦しい時期から逃げずに準備し続けた日々は、確かに僕の財産になった。
大学サッカーを通して、僕は自分の弱さと向き合うことを知った。 一人で抱え込まず、人を頼ることを覚えた。 技術的な成長以上に、人間として、少しだけ大きくなれた気がする。
15年間お疲れ様。ありがとう。
後輩のみんなへ
引退を前に「僕が部に残せるものは何か」と自問したけれど、技術的なことや戦術的なことで教えられることは何もなかった。みんな普通にすごいから。というかきっとそんなものは打矢がすべて教えてくれるので。だから僕は言葉や華麗なプレーの代わりに、ひたむきに、泥臭く積み重ねる「姿勢」で示そうと思った。
多分、みんなの記憶にある僕は「いつもトレセンにいる先輩」だと思う。それが、不器用な僕なりの精一杯の示し方だった。みんなも冬の期間頑張ってね。
そしてもし今、これを読んでいる後輩の中に、なかなか試合に関われなくて苦しんでいる人がいたらこれを伝えたい。
準備だけは絶対に怠らないでほしい。
チャンスは本当に突然やってくる。誰かが怪我をするかもしれない。体調不良、まさかの寝坊で空きができるかもしれない。あるいは就活でコンディションが整わない選手が出てくるかもしれない。そんな予測不可能で、1%あるかどうかも分からない隙間に、自分への出番が転がってくる可能性がある。
チャンスは準備している人間にしか掴めない。いつ来るか分からない、もしくは存在するかどうかも分からないその瞬間のために、今日できる準備を全力でする。それは苦しいことだけど、誰のためでもなく自分自身のためにやり続けてほしい。そのひたむきさは絶対に誰かが見ているし、チームにとっていい刺激にもなるはずだから。
最後に、こんなふわふわしていて頼りない先輩だったかもしれないけど、慕ってくれて、一緒にサッカーをしてくれて本当にありがとう。試合で応援されるたびになんて暖かい場所なんだろうって噛み締めてた。みんな本当に最高の後輩で最高の部活。これからはOBとして応援して、一人のファンとして見守ってます。
同期へ
ピッチでいいプレーをすれば、ベンチから鼓膜が破れそうなくらい汚くて、でも最高に温かい声援が飛んでくる。そのたびにもっと頑張ろうって思えた。みんなの声が僕の居場所を作ってくれていた。
おはようラインから始まる朝、練習開始ギリギリを攻めてくるやつをハラハラしながら待つ時間、練習終わりのダラダラした会話、くだらない内輪ノリ。選手としては変かもしれないけれど、思い出すのはピッチ外の何気ない時間ばかり。
本当にみんなに助けられてばかりの大学サッカーだったと痛感する。楽しい時だけじゃなく、むしろ苦しい時、逃げ出したい時こそ、横を見ればいつもみんながいた。何でも話せるこの関係性が僕の心の支えだった。
そして、僕たちの合言葉である「ファミリー」。よくファミリーを語るあいつは気分屋だから、すぐにファミリーの誰かを除名しようとするけれど、結局「誰も置いていかないぞ」というそんな空気が、何度も腐りかけた僕の背中を叩き、前を向かせてくれた。
この温かすぎる場所があったから、僕は最後まで走り切れた。本当に、出会ってくれてありがとう。
あ、内輪ノリのさじ加減を間違えてそろそろ誰かが怒られるんじゃないかなと思っている。まじで気を付けてね。
そして、岡田さんや髙橋さん、応援してくださっているOBの方々、本当にありがとうございました。かぶっていた先輩方でも僕が休部したことや怪我しがちなこともあり、一緒にプレーする機会こそ少なかったですが、サッカーに対する熱量やチームを引っ張る大きな背中に、憧れ、魅せられる日々でした。これから北大サッカー部は、サッカー面でもそれ以外の面でも様々な進化をしていくと思います。暖かい目で見守りながら時には相談などに乗り、一緒に応援していきましょう!
これから僕は、サッカーとは少し距離を置いた生活を送ることになる。 でも、これですべてが終わるわけではない。地元の社会人チームで新しいポジションに挑戦するのもいいかもしれないし、少年団のコーチとして、かつての自分のような子供たちの背中を押すのも悪くない。 どんな形であれ、サッカーとの縁は続いていく気がする。
それでは長くなってしまったので、最後に僕が好きな曲の印象的な歌詞を載せてこのブログを終わろうと思う。ありがとう北大サッカー部!ありがとう今までのサッカー人生!
君と離れるのは悲しいけど
大事な別れだ
もっともっと広い世界
知らなきゃいけない
いつか きっと
違う道を選んだ意味
輝く未来のためと
互いにわかるだろう
風のように 風のように
思うままに生きてみよう
過去がどんな眩しくても
未来はもっと眩しいかもしれない
#75 高橋莉久
