及川大輝(4年/MF/広尾学園高校)
先輩が研究室で寝ている。昨日11月中旬にしては雪が降って、街は銀世界とまではいかないものの大半は雪で覆われてしまっている。その上、今日はやけに晴れていて、路面は水浸し、またはスリッピーという最悪と言っていい状況にある。この頃は、やらなければならない実験が立て込んでいて実験室に篭りきりだったが、ようやく実験も落ち着いて研究室に戻ったら先輩が寝ている。研究室の窓際にある簡易ベッドに横になり、腕を枕がわりにして寝ている。毛布はなく、灰色のパーカーと黒いチノパンを履いていて、頭のすぐ横にiPadが置いてある。YouTubeか何かを見ながら、気づいたら寝てしまっていたのだろう。彼は就職活動を終えた修士二年生であると言うのに修士論文の執筆をすることはなく、毎週の研究室でのゼミ、週報告会に来ることもない。おそらく卒業はできないだろう。就職先からは、修士課程の卒業は必要ないと言われているようで、彼もおそらくその気がないらしい。何もやることのない彼はおそらく趣味と睡眠に没頭する日々を送っているのだろう。そんな彼がなぜこんな路面状況の悪い真っ昼間にわざわざ学校に来てお昼寝をしているのか僕にはわからない。こんな悪い路面状況でなぜ学校にきたのだろう。そこまでして学校で寝ることに何の意味があるのだろうか。さまざまな場所で昼寝をするのが好きなのだろうか。彼にとって学校での睡眠はそんなにも価値のあることなのだろうか。
大学生活の前半はほぼ試合に出れなかった。高校の頃はチームの7番を背負っていて、重要な立ち位置にいた。試合はもちろん毎試合出場した(リーグ戦に参加していなくて、時々ある大会くらいだが)。しかし、大学に入ってからは新人戦でさえ出ることはできず、なぜ自分がわざわざ大学に入ってサッカー部を続けているのかわからなくなった。もちろんそのような自分の立ち位置がゆえ、一年の冬に苫小牧の緑が丘公園で行われた入れ替え戦は、観戦組としてコートの外から観客の一人として北大サッカー部の行く末を見守っていた。内容は1対0での勝利。当時のキャプテンの胴上げでそのシーズンが終わった。こんなにも熱い試合は初めてだった。高校の最後の大会なんて比じゃないくらいに。監督やコーチはおらず全ての責任は自分たちプレイヤーにかかっている。負ければ次の一年はチーム全員が降格を経験し、2部で戦うことになる。そんな状況の中選ばれた11人は熾烈な争いをコート上で繰り広げていた。見ているだけだったのに、信じられないくらい心が動かされた。いつもはふざけている先輩も、あんなに優しくてよく笑う同期も多数の観客の歓声の中で戦っている。そこには今までの人生で経験したことのないプレッシャー、喜び、悲しみ、憎しみが詰まっている。そんなフィールドで自分もいつかはプレーしたいと思った。そこから慣れない筋トレ(西方先生ありがとう)に挑戦してみたり、同期や先輩とサッカーについて熱く議論する、一回一回の練習だけでなく一週間、一ヶ月、一年と様々な期間で目標を設定して自分のプレーと向き合うなど、それまで考えもしていなかったことをするようになった。
三年の秋頃からIリーグのチーム作りが始まる。トップチームでの出場機会がない選手たちで行われる大会であるIリーグのチームに自分も参加している。サッカー観やプレーの向上などもあってIリーグの監督(岸)に誘われてメンバー選考に参加した。もちろんメンバーを選考することがタスクだが、それは練習で様々な選手をよく観察しなけれないけないとい前程が含まれている。練習メニューの考案や練習でのゲームの出場時間ですら考えなければいけない。プレッシャーのかかる仕事だった。岸、大晴、西方と一緒にそれらをやり遂げ、もちろんプレイヤーとしても試合に出場した。結果として全国には届かなかった。
冬を越え春がくる。そして北大が主催した初の旧帝大が集まる大会が開かれる。遠征で大会に参加するのは初めてで、十数人が先輩後輩の垣根をこえて一緒の部屋に寝泊まりをした。同部屋の武市が冷蔵庫の上にパソコンを置いて就活関連のZOOMに参加しようとしていたり隣の部屋の小林、同部屋の北川、松阪などと今日好きをみたりしたことは思い出の一つにある。この頃からトップチームのメンバー入りに近い位置でプレーをすることになる。かなりの過密日程で怪我人は続出し、大会の途中で、Bチームだった自分にトップチームでのスタメン出場が決まりそうだと言う話が聞こえてきた。そして次の日、初めてトップチームとして試合に出ることになる。JGREEN界で行われた京都大学との試合だった。ようやくあの舞台に立てた、そう思った。あの時とはかなり環境は違う。空気を切り裂くような張り詰めたプレッシャーも、サッカー部の選手たちの親、OBなどの大掛かりな応援もない。けど自分はそれを経験したこの部活のトップチームのスタートとして初めてグラウンドに立った。思うようなプレーはできなかった。キーパーの位置からボールを繋いで来る難しい相手であったが勝利した。そして次の日。対九州大学。前半25分に辻の落としからループシュートを放つと、ボールは放物線を描いてゴールに吸い込まれた。一番最初に抱擁をしたのは打矢だったことや、武市とけんに「俺だったら止めてた」と言われて笑いながら少しだけ言い合いをしたことを今でも鮮明に覚えている。そして次の東北大学との試合。毎年行われる東北大学との定期戦ではAチームで出たことなんてなかったけれどこの大会ではトップチームとして試合に参加できた。ボールが宙を舞い続ける難しい試合だったし、自分の長所が活かせた感じもしなかったけどすごく楽しかった。この大会は自分にとっては思い出に残る大会だった。北海道に戻って行われる大学サッカー最後のリーグ戦も何戦かトップチームに関わり、Iリーグではたくさんの試合でメンバーに入ったと思う。幸せな一年だった。
大学サッカーを引退して振り返ればこの部活に入ってよかったと思う。側から見たら僕たちはアリとキリギリスのキリギリスの方かもしれない。プロにもなれない落ちこぼれかもしれない。自分なんか最初の方は試合にほぼ出れないような人間だった。でも、やはりサッカーが楽しかった。パスをしてボールが芝生を滑って仲間に届く、トラップをして周りを見る、ドリブルで相手をかわす。こんなシンプルなことが信じられないくらい楽しかった。そして信じられないほど信頼できる仲間ができた。自分の嬉しいことや泣きたくなるほど悲しいこと、眠れなくなるほど悩んだことは全て同期たちに話すことができる。これは何よりも大学で得た財産だと思う。だからこそ生まれ変わって北大に入ってもこの北大サッカー部にまた入ると思う。間違いなく。
少し外が暗くなってきた。日が落ちる時間が随分と早くなっている。いびきをかいて寝ていた先輩も起きて外の様子を眺めている。まるで仕事が終わった会社員のようにそそくさと身支度をし研究室から立ち去っていった。この4時間ほどの間、先輩が睡眠以外のことをしているようには見えなかった。そろそろサッカー少年団のコーチをしなければならない時間が近づいている。今日は約一ヶ月ぶりの練習で一年の後輩も一緒にコーチをする。四時ぴったりに練習が始まったことはないが、練習開始予定の四時に遅れそうだ。用意をし研究室を出て、悪い路面状況の中を小走りで近くの小学校に向かう。外は張り詰めた寒さで冬の到来を感じさせる。空はどんよりとしていて、分厚い雲が空全体を覆っていた。
いろんな人たちへ
後輩へ
可愛い後輩たちでした。ちょっと関わりづらいって思ってた人もいるかもしれないけど慕ってくれてありがとう。特に2個下は本当にみんな好きだよ。4年間は本当にあっという間で何もかもが一瞬で通り過ぎていきます。その何もかもを大切に、自分なりに工夫してその一瞬を過ごしてほしいです(卒部式で言ったみたいにね、もう覚えてないかもだけど)。
先輩へ
いろんなことを教わったと本気で思います。サッカーについてだけじゃなく人としてどうあるべきかなんてこともです(反面教師が多め)。ありがとうございました。またご飯連れて行ってください。あんまり喋らないかもしれないけど。
同期へ
この4年間を通り抜けられたのは同期のおかげだと思います。まずリクのおかげで部活に入れたってことをちゃんと忘れていません。最初辞めたかった部活も大斗とか中島大智とかに色々相談できたから辞めてないだろうし、慣れない朝練の帰りに純一とゆっくりチャリを漕ぎながら帰ったのもすごく覚えてる。事務局の仕事を武田とそうやに馬鹿にされたのもよく覚えてるし、東京遠征での井内とイチサンとの同部屋は本当に楽しかった。情報棟の一階武市の恋愛相談に乗ったことも、東北遠征で武市ともえが片付けをしない俺らにブチギレてたのもいい思い出です。りっきーはIリーグでたくさんお世話になりました。絶対に西方よりも信頼できるプレイヤーでした。物理学科遠足の話をこうようは面白がって聞いていたらしいこともちゃんと覚えています。白石はとんでもないことをしでかしているけれど普通に俺は好きです。黄金岬に寄って帰ったあの車おもろかったな。西方は本当にサッカーの話が盛り上がります。でもすぐ悪口を言うからサッカーを一緒に見るとだるいとかもあります。面白いけどね。こばしょうは俺のこと好きだから好きです。毎回「お前みたいな東京人が泥だらけにならんでええ」と意味のわからないことを言ってきて好きです。周とせいしょうはまじでいろんな話した気がします。自分のことをよくわかっている二人だと思います。みんなありがとう。みんなの記憶を繋ぎ合わせて意味不明なくらい鮮明な思い出話をしたいです。これから先ずっとね。
岡田さん、高橋さんへ
岡田さんは家族と同じくらい俺らを大切にしてくれてありがとうございます。話しかけられるだけでテンションちょっと上がってプレーも変わったりするので、後輩たちにはたくさん話しかけてあげてみるといいかもです。
高橋さんが入ってから北大の体つき、怪我の少なさは本当に変わったと思います。試合前のアップは高橋さんがやってくれる時が一番試合で調子が良かったですありがとうございました。高橋さんから頂いた少年団コーチは何としてでも後輩たちに受け渡して地域貢献させてもらいます。
追記
ブログを読んでくれてありがとうございます。結構まとまりのない文章でしたが自分にとっての価値が何にあるのか書いていて少しづつわかってきたと思います。最近はロボットのように研究、バイトをしています。サッカーのない生活は自分にとっては晴れ間のない夏の日のようです。これからも何らかの形でサッカーにしがみつきたいと思います(昌平高校の応援とかね)。本当に4年間ありがとう。北大サッカー部に栄光あれ。
#16 及川大輝
