自分へ

鈴木大斗(4年/MF/仙台南高校)

『自分の直したいと思う点はどこなの』

運命の決まる最終面接で聞かれたこの質問が今でも鮮明に思い出される。就活でよく聞いた弱みの裏返し的なモノではなく、鈴木大斗という一人の人として確かに抱える改善点的なモノ。ここでの表面的な会話は多分見抜かれると咄嗟に悟り、少し頭を悩ませて出てきた答えは

『人に不器用なところですかね』
自分の発言で相手にマイナスな影響を及ぼしたらどうしようとか、心地よさを削いでしまう原因になったらどうしようとか考えていくうちに、人に強くぶつかることができないんです。相手の心地よさを深読みして行動してしまうのかもしれません。

自分を伝えるという意味では自分でもかなり核心の突いた受け答えだったと思う。その場では確かに純粋に答えることができた。ただ、時間が経てば経つ程、振り返れば振り返る程にこの会話が何かを訴えようと脳内を反芻する。どうしてこの受け答えがひっかかっているのだろうと頭の片隅でぼんやりと考え続けていた。その答えが、怪我でサッカーから離れた今になって出てきた気がする。

『今の北大サッカー部で自分を貫き通したことはあったか』
うん。多分これだ。胸を張ってイエスと言えない。
試合中は誰かのポジションを埋めるようにプレーするし、そもそも今日はこのポジションをやるぞって決めていても、チーム分けで溢れちゃっていたり、他のポジションに入れるか聞かれたりすると自分の意に反して空気を読むように他のポジションに入ってしまう。右サイドしかできないのに、誰かの「右やりたい」には「俺も」と返すことができずに左に移ってしまう。そうやが「大外とりたい」と言えば、不慣れな内側に絞る動きをして迷ってしまう。プレー面でも、自分のミスでみんなに迷惑をかけた時には次のプレーが消極的になるし、そもそも迷惑をかけないようにと自我を押し殺してサッカーしてさえいるかもしれない。これまでの大学サッカーは、場の空気を過剰に読んで、それに縛られて、自分意思はとうの昔に欠落していたことに気づいた。

もう長かった大学サッカー、いや、学生サッカー、身体のことを考えると人生におけるサッカーも気づけばラストシーズン。今季、自分は自分のためにもプレーしてみようと思う。確かにポジションにはこだわりはないし、正直試合に出られればどこでもいいのだけれど選べる時にはサイドハーフでプレーしたい。誰かの守備のサボりを淡々と埋める黒子に徹するのではなく、指摘して戻させて、自分の発揮すべきプレーのために動こうと思う。この姿勢がきっと自分に「自信」をもたらしてくれるかもしれない。胸を張ってサッカーできるきっかけになるかもしれない。
そうしてただただ無我夢中にボールを追いかけて、その結果試合に勝てて、帰りにみんなで試合の総評を語り合う。そんな何にも変え難い幸せのために、ラストシーズンを全力で駆け抜けたい。

3年の頭にはAチームに上がることができたが、まだ差は思った以上にあることを痛感した。ほぼ一年後の遠征でトップチームにも出場することができた。3年の頭に感じた差は、意外と縮まっているかもしれないといい意味で勘違いすることもできた。後は学生リーグに出て、点を決めて、勝利のホイッスルでピッチ全体を埋め尽くす。そこに自分がいる必要がある。これが、自分の最後の欲望であり、入部時に心に誓った大学サッカーでの目標だから。自分は何かと勝負強いし、逆境に強いし、何よりそれを実現するための確かな取り組みを継続してきた。大事な場面で、「何かを起こせる人」になる確かな自信があるのです。

『相手の目的を考えて行動すればいいんじゃないかな』
人事部長から言われた返しの言葉。チームの勝利という同じ目的のために、最後は自分を貫き通してサッカーを終えることにする。

追記:最後に同期へ

笑って終わろう。

#18 鈴木大斗

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