及川大輝(4年/MF/広尾学園高校)
南北線の5号車に乗り込んだ。ゴールデンウィークを迎える直前の木曜日だからだろうか、乗客が多い気もする。そうはいえど半分はスーツを着た社会人よりも生き生きとした老人たちだ。中島公園駅で降りる。外は雲ひとつない晴れ空で、つい先日までダウンジャケットを着ていたのが嘘のような日差しである。公園の入り口のすぐそばに遊具が数個ある子供用の広場があり、隣には児童会館と絵劇場がある。そこを道なりに進むと桜並木がある。ソメイヨシノだけでなく、エゾサクラといった桜の木が仲春を思わせるほどに咲き誇っている。だが実際はもう5月になろうとしている。
ボールを蹴って追いかけるのもあと1年と思うと寂しい気持ちになる。人生の夏休みとも言われる大学生活で1番と言っていいほど暇なはずの4年生がこんなにも忙しいと思わなかった。平日朝9時から研究室の報告会があり、授業があり、放課後には部活、バイトがある。土日は試合、練習、バイト。昼に起きてだらだらコーヒーを飲みながら本を読む生活などできそうにない。バイト先に向かう時に見かける、街行く人たちは幸せそうに見える。手を繋ぐ恋人たち、制服を着た高校生、南北線の札幌駅改札あたりのアイドルグループが並ぶポスターの写真を撮る女性たち。でも、よく考えてみれば自分も彼らに劣らず幸せな生活を送れていると感じることができる。
僕は平日の真っ昼間、公園の道を歩きながら、空に咲き誇る桜を見る。光学系の完成、論文紹介の資料作りを残したままであるから、罪悪感があるがこんな天気の良い昼下がりなのだから少しくらい良いだろう。菖蒲池には手漕ぎのボートが数台浮かんでいる。僕たちは公園にある小さい丘を登る。
バイトの締め作業が終わり、着替えに移る時に携帯を見ると、Aチームのメンバーが発表されていた。自分の名前がMFの5番目に書いてある。今までAチームに入れたことはなかったから、宙に浮いたような不思議な気持ちだった。自分のプレーが以前と大幅に変わったとは思わないし、全員が納得するほどに上手くも強くもない。でもAチームに入った。同期もたくさん選ばれている。
「期待してる」
「一緒に残ろう」
「今落ちたらもう戻ってこれない」
そんな会話が飛び交うなか、迎えた幾つもの練習試合では思ったようなプレーはできずに、練習でも責められる始末で先の見えない不安を感じている。それが嬉しい。こんなにも不安になって、自分に憤慨して、同期に責められるのに、自分がもっとできるって思うと楽しい気持ちになる。どんなに失敗しても、分析して、実践して、どうにでもなる。去年よりも、昨日よりももっともっと上手くなれる。それに悪いところを指摘してくれる仲間も、筋トレを一緒にしてくれる仲間もいる。試合になれば相手を圧倒する、頼れる仲間たちだ。そんな中で大学4年を過ごせることを幸せに思う。街行くカップルにも、老人にも、高校生にも劣らないほどに。
丘の上からは曲がりくねった小さな川で遊ぶ小学生たち、レジャーシートを引いて会話を楽しむ奥様方、寝転びながら自己啓発本を読む若い男性、ピクニックを楽しむ様々な人が見える。桜の木々の他にも緑の葉をつけた木がある。比率は半分づつくらいだろう。僕たちは芝生の上に寝転んで雲ひとつない空を見上げる。そして天気や、切って間もない髪の毛、ハム太郎のガチャガチャの話をする。
もうすぐあの熱い夏がくる。マネージャーも、プレイヤーも全員が輝くあの舞台がやってくる。そして秋には巡り来る冬に備える。そして雪が溶け春が来ればこの1年を思い出すことになる。1日1日を大切に、失敗と成功を繰り返して成長しよう。後悔がないように全力で楽しんで、そして、勝とう。悔しい、悲しいことも糧にして笑顔で春を迎えよう。全員で。特に今いる同期。
15時ごろになり僕たちは起き上がり丘を下る。公園の外に出て、遅めの昼ごはんをゆっくり食べる。少し歩いて大通りを通り、北12条のスーパーに寄る。帰り道、来年の春を思い描く。今年と変わらない風景を目にすることになると思う。菖蒲池にはボートが何台も浮かぶだろうし、ピクニックをする人たちもたくさんいる。でもきっと、ひとつひとつの桜の花は今年よりもずっと綺麗に咲くだろう。散り際まで美しい、鮮やかで薄い紫みの赤色の花びらを輝かせながら。
#16 及川大輝