保健学科所属のため、4年の頭から4ヶ月ほど病院実習に行くことが決まっていました。こんなご時世なので部活は行けず。
ラストシーズンでの4ヶ月離脱はもう終わりかぁ。
実習始まるまでは正直そう思ってました。
しかしいざ実習が始まってみると
一度燃え尽きようとも再起不能でもおいらの火は消えない状態でした。(Start it again)
そこからなんだかんだ筋トレしてメンスト走って、コソ練してって感じでしたね。
シーズン始まってからは1人でスカウティングに行くことで、チームに貢献しようと思ってました。
シーズン前
井田「監督やる?」
茗荷「実習で練習出れないし、やらないわ」
シーズン序盤
井田「やっぱ試合中に色々考えるの大変だわ」
茗荷「うーん」
病院で白衣を着ながら、自責の念が。
「おれは実習を言い訳にして、責任から逃れている。
俺の学年だ。チームメイトが苦しんでいる。」
練習に全く参加しない無責任な監督をやる覚悟をしました。
伝え方には細心の注意を払いました。
なぜなら練習を見れてないから。
しかし振り返ってみると、戦術的な指示はあまりなかった気がします。
シーズン中は連敗が続き、何度もバラバラになりかけていたように思います。
昇格初年度のチームが苦戦するのもよくある話だし、負けているチームで内紛が起こることもよくある話です。
私はとにかく内紛だけは起こさないように、この一心でみんなに声をかけていました。
大好きな同期と大好きな後輩が揉めているのが悲しかった。ただそれだけです。
そんなこんなで実習が終わり、練習に合流すると
当たり前のように選手としてトップチームを目指す心構えになっていました。
選手を選ぶ立場でありながら選ばれる立場でもある。
葛藤も多くありました。
毎回自分が選ばれていないトップチームの監督をして、悔しい思いを噛み殺して、自分より上手な選手に偉そうに指示を出さなければならない。
これが選手と監督を同時にやる難しさだと思います。
チームが負けるたびに「おれしかいないやん」って思ってました。
トップチームの負けを餌にして、選手としての向上心に変えていたのでしょう。
無責任な監督です。
自分より上手い選手たちの監督をやったこと。
最後までトップチームを諦めなかったこと。
この2つを同時に体験した中で起こった幾多の葛藤が
私の財産です。
監督やってよかった。選手辞めないでよかった。
Viva俺。本気でやればなんでも楽しいさ。
ということで同期のみんなありがとう!
ここでお世話になった同期の好きなところをみなさんにお伝えして引退ブログB面への橋渡しとします。
#25 茗荷英史
西平賀→顔
伊藤→全知全能なところ
井田→俺を甘やかさない所
浦野→無理して暴言吐いちゃうところ
椋本→優しい所。顔はだめ。
大嶽→寂しがり屋が過ぎるため後輩の面倒見がいい
山田→夢のような空間へ連れてってくれる
田辺→分厚い心の壁
湊→勝気な姿勢
金持→表面的な人当たりの良さ
高廣→飾らない性格
片桐→友達想い
北脇→ギャルいマインド